もうすぐ30歳の誕生日 病気も自分史の一つ

明日は実は私の誕生日なのです。
今年で30歳の大台を迎えます。

今まで私は自分の誕生日なんてどうでもいいと思っていました。
小さい頃から親は祝ってくれなかったし、誕生日会も催さなかったのです。
表面上だけの友達たちは、自分の誕生日はプレゼントくれくれアピールしてくるのに、私の誕生日は覚えてもいないし、ゴミを集めたようなものをくれるので、
誕生日なんて大嫌いな日でした。
「母親に感謝する日」という人も中にはいて、その考えを押し付けてくるのもうっとおしいのです。


だけど、なんだか今年は自分のためにささやかでも楽しく過ごしたいな、祝いたいな、と思っています。
誰かに義理でおめでとうと言ってもらいたいわけじゃないんです。
ちょっと夫と2人で、居酒屋に行くとかスーパー銭湯やショッピングに行くとか、
お互いを労って、今年も楽しくいこうね、いい30代にしたいね、と笑い合って過ごしたいのです。

現実は家事や疲れで思うようには動けませんが、なんだか自分にとって30歳は特別な気がするのです。


夫や会社の人には、外見が若い、23歳くらいにしか見えない、と言われますが、
もう「若いね」と言われること自体がオバサンの証拠です。
今は若く見えていても、いつガクッと落ちるかわからないという不安もあります。
29歳と30歳じゃあ、やっぱり印象が違いますよね。
30歳になって、どんな怖いことが待っているんだろう?と考えています。

例えば、急にギックリ腰になる。
小さい子にオバサンと呼ばれる。
白髪が生え始める。
社長からの扱いが悪くなる。
更に痩せにくくなる。
なんて、悪いことしか起きない妄想をしています。


でも、私って頑張れてるのかな?
少しは好きなことしていいのかな?
ご飯食べる権利あるかな?
服や化粧品買っていいのかな?

(私は鬱状態のとき、「ご飯を食べる資格がない」と言うのが口癖です)

それに、私はまた昔バカな思い込みをしていて、
「23歳人生ピーク説」を唱えてました。
23歳のときに、ああ私は今が一番綺麗なんだ、今が一番幸せなんだ、あとは落ちていくだけなんだ、と、意味不明な妄想をしていましたが、
明らかに今の方が幸せです。
なんで23歳だったんでしょうね?

今の方が幸せ、今の方が綺麗、今の方が頑張れてる、というのは、
自分の人生やアイデンティティを上手くつくれている証拠なのかな。
確かに、今の自分は何だかんだ言って好きです。

統合失調症という病気はしてしまったけど、それで人間性が落ちたということはないと思います。
高校で発症せず、ガリ勉して国立大に入り有名な会社に勤めていたとして、それが幸せでしょうか。
人間的魅力は乏しいと思います。
他人を簡単に見下し、外見も磨かず、鼻持ちならない女性になっていたでしょう。

統合失調症もひっくるめて、私。
統合失調症という病気は、私の歴史の一つです。
言葉だけの寛解や、薬の量にもこだわっていません。
自分の人生に責任を持って、いい30代をつくっていきたいです。

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