高校2年で統合失調症を発病したころの話 ①

今回は、少し私が発病した高校2年生(17歳)の頃にさかのぼってお話してみます

私は東京都立の進学校に通っていました。
東大に行く人もちらほらいて、地域ではガリ勉高校として有名でした。

私にはは友達がまったくいませんでした。
高校入学すると茶髪やギャル風の生徒が増えて、馴染めなかったのです。

美術部部活動勉強だけが支えで、便所飯ならぬ美術室飯を一人で食べていました。
勉強を頑張れば頑張るほど、成績が上がりました。
そうなるとクラスメイトたちが、ノートを写させて、答えを教えて、と集まってきます。


女子高生、ミニスカートの謎 / fukapon


一度ノートを貸すとどこの誰が持っているかわからず、試験勉強ができません。
クラスメイトが私のノートをコピーして提出するので、
私が先生に怒られることもありました。

クラスメイトは私のことを「金魚のフン」と言っていました。
「山田花子にそっくりだね!」と容姿をからかわれたりしました。(似ていないと思います)
軽度のいじめがありました。


Tokyo Skytree in the sunset light. 夕暮れの東京スカイツリー / T.Kiya


実家は年老いた父と母のみ。
若者の会話はできません。

父と母は中卒なので、大学には進学しなくていい、高卒で充分だと言っていました。
父は65歳のとき借金して戸建を建てたので、お金がないのは知っていました。
国公立大であれば進学してよいが、親は学費を出さない、と言われました。

部活を終え17:00に帰宅し、ご飯を食べ単語帳を持ち込んでお風呂に入ります。
勉強は2:00までやります。
終わらないときは朝5:00に起きてまた勉強します。

通学中も問題集をやります。

勉強しすぎと思われるでしょうが、当時はこれくらいやらないと授業についていけなかったのです。
私だけでなく、学校全体がこういう感じでした。

父母は年寄りなので、食事もあっさりしたものです。
おひたし、佃煮、煮豆、納豆、これはレギュラーメンバーです。
母は肉が嫌いで、ほぼ毎日魚がちょこっと出ました。
いつもお腹が空いていましたが、買い食いすると怒られるので食べませんでした。

友達の家でごちそうになることもなかったので、これが普通だと思っていました。
(発病後の血液検査で「栄養失調」と言われて初めて知りました)


あじ干物 / yskfj


高校2年の夏休みから、「何かおかしいな…」と感じ始めました。
それでも怠けたら学校でもでも更に居場所がなくなると思い、常に全力で過ごしていました。
数学だけ個別指導塾に通ったり、
「若いうちにいろんなことに挑戦したい」と思い、クラシックギターを習い始めました。

クラスの皆は学校裏サイトや恋愛、ディズニーランド、ハリーポッター、NANAに夢中でしたが、
私はあまり興味がなく話題にもついていけませんでした。

学校帰りに駅ビルの本屋に寄るのが好きでした。
そして、「うつ病チェック」の本を自然と読むようになっていました。
そんな中、2年生の冬休みを迎えます。




♪**♪**♪**♪**♪**♪**♪**♪**♪**♪**♪**♪**♪**♪

▼ブログランキングに参加しています▼
▼▼▼応援よろしくお願いします▼▼▼

 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ


関連記事
Copyright © 主婦・さくらの統合失調症ブログ ~ひなたぼっこ~ All Rights Reserved.